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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1456号 判決

主文

片岡寿三郎、丸文株式会社、高橋ら四名の本件各控訴、片岡寿三郎の附帯控訴による請求をいずれも棄却する。

控訴費用は各控訴事件につき当該控訴人らの負担とし、附帯控訴の費用は片岡寿三郎の負担とする。

事実

片岡寿三郎の訴訟代理人は「(一)原判決中片岡敗訴の部分を取消す。(二)丸文株式会社は片岡に対し、第一次に別紙物件目録記載の土地、建物につき昭和二三年二月一日売買を原因とする所有権移転登記手続を(この部分は附帯控訴)、予備的に金六四七万二、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月一八日から完済まで年五分の割合の金員の支払をせよ(うち原判決認容の八三万七、四〇〇円については第一次請求であつたのを予備的請求に変更)。(三)高橋ら四名は片岡に対し、第一次に別紙物件目録記載の土地、建物につき所有権移転登記手続を、予備的に共同して金三〇〇万円およびこれに対する昭和三九年五月一三日から完済まで年五分の割合の金員の支払をせよ。

(四)訴訟費用は第一、二審とも丸文および高橋ら四名の負担とする。」との判決、および丸文ならびに高橋ら四名の片岡に対する各控訴を棄却するとの判決を求めた。

丸文株式会社の訴訟代理人は「原判決中丸文敗訴の部分を取消す。片岡の丸文に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも片岡の負担とする。」との判決および片岡の丸文に対する控訴および附帯控訴を棄却するとの判決を求めた。

高橋ら四名の訴訟代理人は「原判決中高橋ら四名敗訴の部分を取消す。片岡は高橋ら四名に対し別紙物件目録記載の建物のうち北部階下二一・八一平方メートル・二階二八・九二平方メートルの明渡をせよ。訴訟費用は第一、二審とも片岡の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言、および片岡の高橋ら四名に対する控訴を棄却するとの判決を求めた。

各当事者の事実上の主張および証拠関係は、以下に記載したほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決書三枚目裏五行目「昭和三五年」は「昭和三四年」の、四枚目表六行目および末行の各「昭和二八年」は「昭和三八年」の、七枚目裏八行目「昭和二四年末日」は「昭和二三年四月末日」の、九枚目表終りから二行目「昭和三五年三月七日」は「昭和三四年三月二七日」の、一一枚目裏二行目「三五年」は「三四年」の一二枚目裏末行「信久」は「高沢」の、各誤記と認められるから、それぞれ訂正し、一四枚目裏七行目「乙第一」の前および一五枚目表八行目「甲第一」の前に、それぞれ「(ロ)事件の」を加える。

(片岡の主張)

一、丸文、片岡間の本件売買契約について。右売買契約については訴外溝田澄義が丸文の一切の代理権を有し、その後の契約条項の変更(甲第二号証契約書参照)、代金受領等すべて丸文の代理人たる溝田と片岡との間で有効に行なわれたものである。

二、丸文の売買契約解除の主張について。

1、片岡には本件売買契約上の債務不履行はないから、これを理由とする丸文の契約解除の主張は理由がない。

すなわち片岡が丸文に支払うべき金額は、売買代金七一、〇〇〇円のほか、両者間の約定(甲第二号証参照)により昭和二六年一二月分までの本件建物の家賃と、昭和二七年度以降の本件土地建物に対する固定資産税(丸文が昭和二七年度以降昭和三三年二期分までの固定資産税三二、二四〇円を立替え支払つたことは認める。)であり、その合計額は別表甲(二)のとおり合計一二五、二一八円である。これに対して片岡が支払つた代金、家賃、固定資産税相当分の合計は同表(一)のとおり合計一二二、七八二円である(原判決添付別表第三を右のとおり訂正する。)。別表甲(一)(9)の一万円は昭和二五年一一月分から同二六年一一月分までの家賃(月額九〇〇円)一一、七〇〇円の内金に充当したものであり、(8)の二五、一九四円は、昭和二三年九月分から同二五年一〇月分まで(計八、七九〇円)前記一一、七〇〇円中の一、七〇〇円、昭和二六年一二月分(九〇〇円)の各家賃の合計一、三九〇円に、本件売買代金の一部をあわせて支払つたものである。右充当には多少誤算があるが、いずれにしても昭和二七年八月二六日までに代金と昭和二六年一二月分までの家賃を完済し、むしろ過払になることは明らかである。昭和二七年度分以降の固定資産税立替分をあわせ計算しても、別表甲のとおり不足額は二、四三六円にすぎず、立替税金に年五分の遅延損害金を付して計算しても、問題となる金額ではない。

なお、固定資産税立替分のみについて考えると、片岡は別表甲(一)(10)のとおり同立替分として七、〇〇〇円を支払つているから不足額は二五、二四〇円となるわけで、その支払がなされなかつたとしても、本件土地建物を丸文が高沢に売却したという代金三〇万円(実際の価格は当時二〇〇万円以上である。)の一割にもあたらない金額であるから丸文が片岡と売買契約をした目的を達しえない不利益を受けたとすることはできない。また丸文が固定資産税を立替えたのは買主片岡が登記をしなかつた結果であつて、たとえこれが受領遅滞になるとしても、受領遅滞が契約解除の原因とならないことは判例通説の認めるところであるから、右立替金不払を理由に解除することはできない。

また丸文は期限を付し金額を明示した催告をしないで解除の意思表示をしたものであるからその効力はない。

2、丸文は片岡の受領遅滞をも解除の理由として主張するが、その理由のないことは前記のとおりである。

3、その他丸文の解除に関する主張は争う。

4、仮りに丸文に解除権があつたとしても、片岡は前記のように催告を伴わない解除の内容証明郵便を受けたので、直ちに丸文を訪ねて税金の立替について意見の相違を述べ、かつ立替金相当額として二万円を持参し、支払をしようとしたが、丸文代理人中村弁護士はこれを拒絶し、しかも右解除と同日付で本件土地建物は高沢に売却されていた。このことからみても、丸文は立替金不払で不利益を受けたため解除したのでなく、高沢に片岡との契約より高価に売却するため解除したもので、解除権の濫用であつて無効である。

三、高橋ら四名の所有権取得について。本件土地建物を丸文から買い受けたのは、名義は高沢きくであるが、実質はその兄で丸文の顧問かつ本件訴訟代理人の中村荘太郎弁護士であつて、弁護士法第二八条に定める係争権利譲受禁止に違反するから(右禁止は現に訴訟繋属中の権利であることを要しないと解する。)、右売買は無効であり、これをさらに買い受けた亡高橋信久およびその相続人たる高橋ら四名も本件土地建物の所有権を取得することができない。

原判決摘示の高橋ら四名が片岡の所有権取得登記の欠缺を主張しうる第三者にあたらないとの主張は、前記主張が理由がない場合の予備的主張とする。

四、片岡の高橋ら四名に対する本件建物占有権原(予備的)について。仮りに高橋ら四名が本件建物の所有権を取得したとしても、片岡は以前から丸文より本件建物を賃借し高橋信久に昭和二五年四月一日転貸したものであり、片岡の右賃借権は本件建物の売買契約と同時に消滅することなく昭和二七年八月までは継続しており、その後は消滅するわけであるけれども、片岡の売買による所有権取得が高沢への二重売買により同人、信久、高橋ら四名に対抗できないとすれば、丸文、片岡間の売買契約は解除されたと同然となり、そうとすれば丸文、片岡間の賃貸借契約は消滅しないものとなる。そして片岡は本件建物を占有(高橋ら四名への転貸部分は同人らにより代理占有)しているから、片岡の賃借権は高沢きくを経て信久、高橋ら四名に対抗することができ、高橋ら四名は片岡に対する賃貸借上の義務を承継したものである。よつて高橋ら四名の建物明渡の請求は失当である。

五、丸文に対する請求について。片岡は丸文から本件土地建物を買い受け所有権を取得したものであり、前記のとおり解除の効力はなく、高沢、高橋ら四名は所有権を取得せず、しからずとしても片岡の所有権取得につき登記欠缺を主張しえないから、第一次に丸文に対し本件土地建物につき前記売買を原因とする所有権移転登記手続を求め、予備的に履行不能を理由として昭和三八年一二月当時の時価による損害賠償を求める。

六、高橋ら四名に対する請求について、高橋ら四名との関係でも本件土地建物の真正の所有者は片岡であるから、高橋ら四名に対し真正な登記名義回復のため所有権移転登記手続を求め、予備的に不法行為による損害賠償を求める。原判決摘示の本件建物の一部の明渡および不法占有による損害金は請求しない(取下により終了)。

(丸文の主張)

一  片岡の本件訴訟の併合関係について、片岡は丸文に対して所有権移転登記手続を求め、予備的に履行不能による損害賠償を求めているが、高橋ら四名に対しても所有権移転登記手続と予備的に不法行為による損害賠償を求めている。右高橋ら四名に対する移転登記手続請求が認められれば丸文は履行不能による損害賠償義務を負うことはなく、また丸文は現に本件土地建物の所有名義を有せず、片岡は高橋ら四名に直接移転登記手続を求めているから、丸文に対し移転登記手続を求める実益はない。なお高橋ら四名に対する予備的請求は不法行為によるものであるが丸文に対する予備的請求は履行不能によるものであり、履行不能についての防禦が中心とならざるをえず、審理は不安定でかつ統一的裁判の保障は不可能である。そうとすれば片岡の丸文に対する本訴請求は主観的予備的のものであつて、不適法である。

二、丸文、片岡間の本件売買契約について、右契約は昭和二三年二月一〇日成立したものであり、甲第一号証契約書をもつて正本とし、甲第二号証契約書は同年二月一日仮調印されたもので、それがなお効力を有するとしても甲第一号証契約書により補充、修正されたものである。それによれば、本件売買契約の内容は、原判決摘示のほか、(イ)代金完済後遅滞なく所有権移転登記手続をすること(註。その趣旨は、丸文の売却の動機が財産税納付資金調達の必要に迫られたことにあつたのにかんがみ、代金弁済期後の固定資産税を売主たる丸文に負わせないことを意味する。)(ロ)契約締結後著るしく貨幣価値の変動があつた場合は売主、買主協議の上そのときにおける時価により評価額を査定すること、(ハ)契約に違反した場合の損害は違約者の負担とすること、の条項を含み、もし甲第二号証契約書も有効とすれば、右のほか(ニ)登記延期事由が売主にある場合は「地租」は売主負担、地代は本契約締結以後は免除とし、延期事由が買主にある場合は「地租」は買主負担とし、かつ残額完済までの賃料は買主が継続して支払うこと、の条項が加わるが、この場合売主たる丸文は右(ロ)(ニ)を選択しうることになる(貨幣価値の変動の際代金支払がいくら遅延しても買主は従前通りの賃料と固定資産税しか負担しないとすれば売主の一方的損失となるからである。)。

溝田澄義は丸文の嘱託であつて、本件売買契約締結につき丸文の代理権を有せず、代金の徴収の権限があつたのみであるから、代金の支払を猶予しまた固定資産税につき昭和二七年一月以降の分のみを片岡が負担することにし以後家賃を免除する等契約変更の権限はなく、本件契約は変更されていない。

三、丸文、片岡間の代金等支払関係について。片岡が丸文に対し本件契約にもとづき支払つた金員および支払うべき金員は別表乙のとおりである(原判決添付別表第二を右のとおり訂正する。右原判決別表第二の(二)(1)一万円支払の部分は事実に反し錯誤にもとづくもので撤回する。)別表乙のうち(二)(3)については、片岡は売買代金残金を履行期の昭和二三年四月末日に支払わなかつたので、翌五月一日以降本件契約解除まで丸文に対し固定資産税相当額を支払う義務があつたものである。

なお片岡の支払金は同人から充当の指定はなかつたので、丸文において適宜代金、家賃、固定資産税立替金に充当していたのであるが便宜上一応優先的に売買代金に充当したものとして、昭和二七年八月二六日に代金完済(家賃支払義務発生の終了)となつたものとして計算する。

四、本件売買契約解除原因について。

1、片岡の履行遅滞。片岡は本件売買代金のうち一万円を除く残金をその履行期である昭和二三年四月末日経過後も丸文の度重なる催告にもかかわらず支払わなかつた。

また本件契約において固定資産税の負担に関する特約は付随的なものでなく契約の要素をなすものであるから、代金の履行遅滞がなかつたとしても、右税金立替金の遅滞は解除原因になるところ、片岡は別表乙(二)(3)のうち同(一)(7)の七、〇〇〇円のほかは、丸文の催告にもかかわらず支払わなかつた。

別表乙の総額についてみても、一七八、一八七円中片岡は八七、〇〇〇円しか支払わず、その余は履行遅滞である。

2、片岡の受領遅滞。片岡が本件土地建物の登記手続を怠つたことは受領遅滞であり、買主の登記懈怠により固定資産税の被課税者の決定との関係で売主が売買契約の目的を達しえないと同様の不利益を受け、また買主が受領義務(登記義務)を特約した場合、その受領遅滞は契約の解除原因となる。

3、事情の変更。昭和二三年以降急激に貨幣価値は下落し土地建物の時価は上昇し、前記契約条項中残額の換算に関する協議(丸文の主張二の(ロ))は丸文の申入れにもかかわらず片岡はこれに応ぜず、成立しなかつたので、本件売買契約においては、当事者の予見できない事情の変更により双方の給付の価値の比例関係が変化し、当初の法律効果を発生せしめることが著るしく不衡平となつたものである。このような場合売主たる丸文は本件売買契約を解除することができるものと解すべきである(そうでないと、片岡は仮りに売買がなされず引続き賃料を支払つて賃借したとした場合昭和三二年一二月末日までで八六、六九四円の賃料を支払えばよいのであるから、片岡の前記支払金額とほぼ対応し、賃料額あるいはそれ以下の金額で本件土地建物の所有権を取得できることになり、買主の一方的利益になる。)。

4、約定解除権。甲第二号証契約書末尾の「本書は昭和二七年八月二四日まで有効」という文言は溝田が丸文に無断で記入したものであるけれども、その趣旨は片岡が右同日までに契約に違反した場合丸文において本件契約を解除しうることを認め丸文の約定解除権の留保を約したものであるところ、片岡は同日までに代金、家具、固定資産税を完済しなかつたので、丸文は約定解除権により本件契約を解除しうるものである。

5、信義則違反および「失効の原則」。原判決摘示事実のほか 前記各事実および片岡が最終の七、〇〇〇円支払以後は残債務支払の意思を確定的に失い、話合いを拒絶した不誠意により、丸文が本件契約を尊重することが無意味となつたことを付加する。

五、片岡の損害賠償請求について。本件契約の解除が有効である場合はもとより、本契約自体(前記丸文の主張二の(ハ)の条項)によつても、違約者たる片岡は何らの損害賠償請求権を有しない。衡平の原則からみても、丸文は片岡の履行遅滞により貨幣価値の暴落、財産税、固定資産税支払等著るしい損害を受けたのに片岡は高橋信久から多額の権利金、賃料収入を得ているから、貨幣価値下落による損害は片岡が負担すべく、仮りに丸文が本件土地建物を高沢に売却したことにより片岡が損害を受けその賠償請求権があるとしても、その額は原判決認定の八三万七、四〇〇円に足りないものである。

六、弁護士法違反についての片岡の主張は否認する。丸文はたまたま知合である高沢に本件土地建物を売却したにすぎず、同条とは関係がない。

(高橋ら四名の主張)

一、昭和二三年二月一日丸文と片岡との間で本件土地建物の売買契約が成立すると同時に、丸文、片岡間の本件建物に関する賃貸借は混同により消滅した。したがつて片岡は本件建物の所有者たる高橋ら四名に対抗しうる占有権原を有しない(片岡が丸文に対し六四七万円余の損害金を予備的に請求しているのは右賃借権の消滅を認めた要償内容である。なお高橋信久が片岡に転借料を支払つていたのは錯誤にもとづくものである。)

二、丸文、片岡間の売買契約が解除されたことは丸文主張のとおりである。

三、売買契約解除の場合、第三者との関係で買受人の賃借権が消滅しないと解される場合もあるが、本件のように片岡の債務不履行により解除された場合は混同の効果は消滅せず、結局賃借権は消滅する。

四、その池片岡の主張は争う。

(証拠関係)(省略)

理由

当裁判所の本件各訴訟についての判断は以下に記載するほかは原判決理由のとおりであるから、これを引用する。但し原判決一九枚目表一〇―一一行目「二二、三九二円」を「二二、四八二円」と、二〇枚目表一行目「三三年」を「二三年」と、二六枚目裏四行目「昭和三五年」を「昭和三四年」と、各訂正する。

一、片岡の訴訟の併合関係について。片岡の丸文に対する訴訟および高橋ら四名に対する訴訟は元来別訴(後者は別件の反訴)であつたものを原裁判所により併合されたものであり、片岡の訴旨は丸文に対し予備的に、すなわち高橋ら四名に対する請求が理由がない場合に判決を求める趣旨でないことは明白であり、論理的にみても、片岡の主張に即すれば高橋と丸文のいずれに対しても、理由の有無はともかく所有権移転登記と予備的に損害賠償を求めることが可能の関係にある(片岡は高橋ら四名から真正の登記名義回復の移転登記が得られれば事実上登記に関してその目的を達するにすぎず、丸文に対する登記義務の主張は別個であり、訴訟の利益がないことにもならない。また丸文に対する損害賠償の請求は登記請求に対して予備的の関係にあるが、高橋ら四名に対する請求と予備的の関係にあるのではない。これも高橋ら四名に対する登記請求が認められれば丸文に対する〓補賠償の請求が理由がないという関係にすぎない。)。したがつて丸文に対する請求は主観的予備的のもので不適法であるとの丸文の本案前の抗弁は理由がない。

二、丸文、片岡間の本件売買契約および金員支払関係について。当番において双方ともこの関係について若干従前の主張を訂正しているが、そのうち丸文主張の甲第一、二号証各契約書の先後関係、それによる契約条項の補正の関係については、当審証人林英子は右丸文の主張に一部副う証言もするが、原審の林の証言、原審、当審の片岡本人の各供述にてらし措信しがたいし、右各号証は共に成立に争いがなく、(甲第二号証の末尾加筆の部分を除く。)どちらが先かは本件の判断に重要な影響はない。しかし甲第一、二号証には丸文の主張二の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)のような条項が記載があることは事実であるが、その(イ)の所有権移転登記に関する合意が、丸文主張のように固定資産税が代金弁済期後は直ちに家賃の支払と併行して片岡の負担となる趣旨とは解されず(この点を肯定するような当審証人林の証言は措信しない。)、右税金の負担に関しては原審認定のとおりである。甲第二号証にある丸文主張(ニ)の条項も右認定を左右しない。これらの点については結局訴外溝田澄義の本件売買契約に関する権限が重要であるが、原審の証人林、同高野二郎の証言により、溝田は丸文の管理人として本件を含む不動産の売買について丸文の代理権があり、一切の交渉や代金授受等を行なつて来たことが認められるので、代金の弁済期、家賃や税金の負担関係について原審のとおり認定できる。この認定に反する当審証人林の証言は措信しない。

金員関係で原審と異なる主張部分は、丸文において前記のように固定資産税を片岡が昭和二三年度から二六年度まで負担すべきものとする点と(この点は右判示のとおり理由がない。)、昭和二三年二月一日一万円が支払われたことを否認する点が主要なものであるが、後者は自白の撤回であつてこの点片岡の同意なく、右自白が事実に反すること認めうる証拠はない(甲第二号証を素直に読んだだけでも、契約成立の昭和二三年二月一日と二月一〇日の二回に各一万円が支払われたものと認めるのが自然である。)。

なお別表甲(片岡)では(一)(1)の五八八円を計上しているが、これは甲第九号証の二による昭和二三年二月から八月分までの家賃であり、別表乙(丸文)(二)(2)ではこれを支払いずみのものとして、計上していないので争点とならない。

そうすると、代金完済時の昭和二七年八月二六日には片岡の支払額は合計一一五、一九四円、支払うべき額は代金、家賃をあわせ九一、四八二円となるから、計数上二一、七一二円過払となる。もつとも片岡の代金の支払が遅れ丸文がこれを猶予して来て遅延損害金もとつていない関係、および戦後のインフレーションによる貨幣価値の下落を考えれば、片岡は実質的に右過払を強く主張できる立場にないともいえる(実際は本件各証拠によると、片岡の金員支払は適宜代金、家賃に充当されていたもので、領収証には明確に充当の記載のあるのもないのもあり、その計算関係もあいまいであつたと認められる。)

三、丸文の解除について。

1、まず片岡の代金の履行については丸文において支払を猶予し昭和二七年八月二六日異議なく完済しているのであるから、後にこれを解除の原因とすることのできないことは明白である。固定資産税立替分については次の2において便宜述べる。

2、片岡の受領遅滞。片岡が本件土地建物の所有権移転登記を丸文の催告にもかかわらず拒んでいたことは受領遅滞になるといえる。

受領遅滞が債務者からの解除原因になるかどうかは学説上も争いのあるところであるが、仮りにこれを認めるとしても、それが債務者にとつて重大な損失を受けたり、債権者に著るしい不誠実があつたりして契約関係を維持するのが債務者にとつてたえがたい場合等に限られるべきものであろうが、この点本件で問題になるのは固定資産税を丸文が税務当局との関係で納付せざるをえなかつた点であり、丸文もこれを強調する。ところがその金額は別表甲によれば総体としてわずかな精算を要するものにすぎず(もつとも同表の(二)(2)の家賃に不足があるがそれもわずか五〇〇円程度である。)、別表乙では総体で九一、一八七円の精算を要することになるが、同表の(一)の支払額は不足し(一二二、一九四円が正当)、(二)の(2)も昭和二七年一月以降の家賃は片岡負担の限りでなく、(3)の二三―二六年度の固定資産税も同様であり、(4)の損害金は年六分、すなわち丸文主張の約六分の一に減額すべきであるから、これを要するに、別表甲の精算額に別表乙の(二)(4)の正当損害金約五、〇〇〇円(原判決中約一〇、〇〇〇円とあるのは誤算であるから訂正する。)を加えた約七、五〇〇円程度が残るだけであり、固定資産税を片岡が容易に支払おうとしなかつたとしても、いずれは精算できるべき金額であるから本件売買契約を解除しなければ丸文(債務者)にとつて重大な損失を受けるものとは思われない。片岡にも丸文の従来からの厚誼に甘えた態度が十分うかがえるので、この点責められるべき点なしとしないけれども、登記をしないことは売主をかえつて信用することにこそなれ、本件当事者間にそのためにぬきさしならぬ相互不信が発生したり、片岡が著るしい不誠実を示したとは認められない(原審当審の証人林の証言によれば、片岡は犬をけしかけたりして丸文との応待を拒んだというが、それならば不信を招き登記を早くしないと危険と気付き、いち早く登記するはずである。右証言は措信できない。)。

また丸文は右固定資産税立替分を履行遅滞として解除したというが、右債務は丸文の売買の動機如何にかかわらず売買契約の要素でない付随的なものであること、および乙第一号証の一解除通告書によるも金額と期間を明示した催告がないこと(計算関係があいまいで精算額が当時双方間に明確でなかつたことは前記のとおりである。)からいつて、右履行遅滞を原因とする解除はその効力がない。

3、事情の変更について、昭和二三年二月に売買契約が成立し、その約四年半後に代金と家賃は完済され、残るのは固定資産税の精算と登記のみであることは前記のとおりであるから、右期間の戦後インフレーションによる貨幣価値の下落が本件売買契約に影響ないことは当然であり、そのころから解除の時期である昭和三三年一月までになお土地の価格が著るしく上昇したことは顕著であるけれども、そうだからといつて事情変更として契約の解除原因にならないことは明白である(安いものを売却し代金完済後その価値が上昇した一般の場合と変らない。)。

4、約定解除権。丸文は甲第二号証末尾の記載を否認しながらその一部を有利に解釈し、約定解除権の留保と主張すること自体矛盾するし、右記載が右丸文の主張の趣旨であるとは到底認められず、他にこの点の証拠はない。

5、信義則違反および「失効の原則」。これを理由とする解除は丸文が当審で新たに加えた主張立証をあわせ考えても認めることはできない。(かえつて突然解除した直後高沢きくに売却、登記したという丸文の態度の方が不信義といえる。)

四、弁護士法第二八条違反の主張について、丸文から高沢への本件土地建物の売却は中村荘太郎弁護士(高沢の兄であることに争いはない。)があつせんし一切中村がその事務を行なつたことは原審における証人中村荘太郎の証言、高沢きくの被告当時の本人としての供述により認められるが、そうかといつて同弁護士自身が実質上の買主とは認められず、弁護士法所定の係争権利譲受禁止に反するものとは認められない(高橋ら四名提出の甲第五号証によると、その後いくばくもなく高沢が中村弁護士を代理人として片岡および高橋信久に本件建物明渡訴訟を起しており、約一年後には信久に右建物をさらに売却しているところからみて、高沢は片岡を立退かせるための一時的便法として本件建物を買受けたと疑われるふしがないではなく、これをあつせんした中村弁護士の行為は妥当なものとは思われないが、いまだ弁護士法にふれると認めるに至らない。)。

五、丸文の主張二の(ハ)の条項があるからといつて、片岡がいくばくかの不履行があつても、二重売買による片岡の損害賠償請求ができないことにならないことは当然である。

六、片岡の高橋ら四名に対する本件建物の占有権原。片岡が以前から丸文から本件建物を賃借していたことは争いがないところである。これに対し高橋ら四名は丸文、片岡間の本件建物売買により右賃貸借は混同により消滅したと主張するからこの点についてみるに、高橋ら四名の先代信久は丸文と売買契約を結んだ高沢から本件建物を買受けた者であるから、信久およびその相続人である高橋ら四名は片岡の所有権取得につき登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者であり現に本件において売買および相続による自己の所有権取得を主張していることからいつて、片岡の登記欠缺を理由として同人の所有権取得を否定するものであることはいうまでもない。しかるにかかわらず片岡の賃借権の混同による消滅を主張することは片岡が目的物たる本件建物の所有権を取得したことを理由とするものであつて、明らかに前記主張と矛盾しそれ自体採用の限りでない。

なお高橋ら四名は片岡の賃借権の混同による消滅の効果は丸文の売買契約解除によつては消滅しないと主張するが、売買契約の解除が遡及効を有することからいつても、また右解除が無効であることは前段説示のとおりであることからいつても、右主張が失当であることは多言を要しない。

かように考えて来れば、片岡は丸文に対し有していた賃借権を、高沢、信久を経て高橋ら四名に対抗することができ、高橋ら四名は賃貸人としての義務を承継したといわねばならない(この場合高橋ら四名の転借権がどうなるかは本件で判断の限りではない。)。そうすると高橋ら四名の片岡に対する本件建物明渡の請求は理由がない。

七、以上認定のとおりであるから、原判決は正当であつて片岡の丸文および高橋ら四名に対する控訴、丸文の片岡に対する控訴、高橋ら四名の片岡に対する控訴はいずれも理由がなく片岡の丸文に対する所有権移転登記請求の附帯控訴もまた理由がない。

よつて右各控訴および附帯控訴を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判断する。

別表甲(片岡主張)

〈省略〉

〈省略〉

別表乙(丸文主張)

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

物件目録

(一)東京都台東区上野一丁目一七番一一

(旧表示 同区西黒門町一七番一一)

宅地 四七・三〇平方メートル(一四・三一坪)

(二)同所同番地所在

家屋番号同町一三三番の二

木造亜鉛葺二階建居宅(現況店舗兼居宅)

床面積 一階三八・五四平方メートル(一一・六六坪)

二階二八・三二平方メートル( 八・五七坪)

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